展示室21・奇妙な手紙、奇妙な旅路。(2012作)

奇妙な手紙、奇妙な旅路。


 
時折、そうね、年に一回位かしら。
「何か欲しいものはある?」とマスターは尋ねてこられる。
 困った。わたしには欲しいものなど何もない。

 何時だったか「一緒にお茶がしたい」と軽い気持ちで言ってみたらデルタ=ベルン2泊3日プランみたいなのを考えて来られて慌てて止めさせたし、
「ジュノーンの特注パーツが早く欲しい」と頼んだら何だか渋い顔をされてしまった。(それは実現したけれども)
 どういうわけか一年の終わり、誰もが忙しくしているこの時期に良く聞かれるような気がするのだけど…何か行事でもあっただろうか?

 そしてある朝、まだマスターと私しかいないモーターヘッド・ハンガーの出口で、珍しく放射冷却で冷えこんだ遅い夜明けをぼんやりと眺めながら、また質問は繰り返されたのだ。
「ウリクル、この前のこと、…何か考えてくれた?」

 困った。何も考えていない訳ではない。でも、思いつかない。
 下手な誤魔化しもすぐ叶いそうな事も言えない。
 わたしが嬉しくて、マスターの負担にならないもの。…そうだ。
「マスター、わたし、マスターからのお手紙が欲しいです」
「手紙?」
「ええ。いつでも手に取って眺められるよう、いつだって」
 また不思議な顔をされたような気もしたけれど、マスターはポストに入れてくれると約束してくれた。指切りの誓いと共に。
「面白いものを欲しがるね」という言葉と温かい抱擁を添えて。

 それから数日、…わたしは決して期待していた訳ではない。
 マスターが多忙なのは、今にはじまった事ではない。
 だけどつい、何かあればポストを覗き込んでしまう。
 電信だってあるし、もしもだけど、わたしが何か言えばマスターは時間を作って下さるだろう。
 でも改めて手紙となると…一体何を書いて下さるだろう?
 愉快な軽口めいたものだろうか、それともマスターらしからぬ辛辣な批評だろうか。
 正直中身は何だっていい。マスターが書いて下さるならば。わたしはそれを時折取り出しては、これにどんな時間を使って下さったのか、そして何を考えて下さったのか、思いを巡らせたかったから。
 そんな感情が、何時の間にか妙な高揚感となり差出し口を見遣るわたしを支配していた。
 だけども、いつしか…決して忘れてしまった訳ではないけれども、年の瀬の慌ただしさと時間の経過が、小さな諦めと共に、ポストを覗きに行く回数もときめきも次第に減っていった。
 ひょっとすると今年中は無理かも知れない。そんな事が頭をよぎるようになったある日、年が変わる一週間位前の夜に、一日の仕事を終えたわたしが確認の為ポストを開けると…。

「手紙だ!」
 一目でそれだとは…わかったのだけど、見るからに何だか風変わりな手紙だった。
 名前や宛名などがないのは勿論、わたしが奇妙に思ったのはその柄だった。
 パンダや象やキリンがデフォルメされ、楽しげに微笑むファンシー…というかちょっと滑稽とも言えるイラストが封筒のそこかしこに大きく彩られている。同じ柄のシールも封印として三箇所も貼られて。
 マスター、こんなレターセットを使うのだろうか。ひょっとしてこれは違う誰かからのお手紙だろうか?誰にも見られないようにそそくさとしまい込んで大急ぎで自分の部屋に帰り、戻るなり、三箇所もある封印をもどかしくも破かない様に注意して剥がし、中身を取り出した。
 そして、こわごわと広げてみるのだったけれど…
「?」
 便箋の中身は、全くと言って良いほど真っ白で、何も書かれていなかったのだった…。

 これ、いたずらなの?
 失望にも似た思いで手紙を折りたたみ直し、仕舞おうとしたわたしは、ガッカリするあまり危うく重大な点を見落とす所だった。
「!?」
 開いた封筒の内側に、走り書きがされていたのだ。
「日付が変わる頃、雨降らしの木の下で待つ」
 時計に目を移し、まさに今がその時間だと気が付いたわたしは、無我夢中で窓から身を投げ出し、壁を蹴って外へ飛び出して行った。



※どんなレターセットで手紙が描かれたのか、ちょっと思い起こしてみたのですが・・・ひでーなこれは^^;

「良かった、気付いてくれたんだね」
 外は満月一歩手前の月明りに僅かに照らされている。
 城の外にある公園の、更なる高台にある巨木の下に寄り添っていたのは…何故か姿を隠す為のマントを着込んだ人影だった。
 弾んだ声とともにフードは下ろされ、目前で笑みを見せてくれたのは…いつもの、わたしのマスター。
「お手紙を見て、来ました」
 何と言って良いのか判らず事実だけを伝えようとすると、マスターはわたしが空白の手紙に不満を覚えたという認識をされたのか、ごめんごめんと頭を掻きながらも、こう続けられたのだった。
「面白い事があったから本当はそれを書きたかったんだけど…信じて貰えるかも分からなかったから。でもウリクルには話しておきたくてね。結局君を呼び出す形になってすまなかった」
「信じられないこと…何があったのですか?」
 マスターは…何だか気まずそうな、でも話したくてウズウズされているような、相反する表情をわたしに見せた後、マントを翻して、その中に入るように促されるのだった。
「いい?今から話すことは…君だから大丈夫だろうだけど、ナイショだよ。笑うのは構わないけど」
 そう仰りながら、月明かりですらマントに隠されてしまって殆ど何も見えなくなってしまったわたしを、マスターは更に引き寄せて、自分の顔を外に出すようにしてくれた。
 そんな私を見遣ってニッコリし、わたしは…私は気がつけば何時の間にか肩に手を回されて身動きの取れない状態になっていることに、マスターに触れている温かさに、どこか浮ついて夢見心地になりながら、話の続きを待つのだった。

「昨日夕方に手紙を書く便箋を買いにヤースに潜り込んだんだ。年の瀬の街の様子も見たかったしね」
「まさかこの為に…それも、それもおひとりでですか⁉」
「うん」
「どうせなら何時もの素っ気ない国家章のアレじゃなくて、君が気に入ってくれるような、女性らしい感じのにしたくてね」
 わたしはあっけらかんと呟くマスターの…近過ぎる眼差しもそうだし、まさかそんな事に時間を使って下さる自分の迂闊さを嘆き、…なのだけども、あの妙にファンシーな柄の手紙も思い出してしまい、それとマスターの話す「わたしのお気に入り」の印象とのズレも少し感じてしまったりして…結局は目を逸らして全てを悟られないようにするしかなかったのだった。
 幸いマスターはそんなわたしの様子に気づくことはなく、話は続けられた。
「最初はミュージアム・ショップにでも行けば洒落たのがあるだろうと思ったけど、美術館じゃ怪しまれるどころか正体がバレそうだし、第一もう夕方で閉館していそうだから、街の文房具屋さんでも探してみようかと思ったんだ…」
「なんだけどね、これはボクにとって情けない話なんだけど…道に迷ってしまったらしくって」
「⁉どうしたんですか?」
 わたしはマスターの話す続きが怖くなってきてしまった。
「年末だからかとにかく人混みが凄くて、とりあえず避けるように歩いていたら煉瓦作りっぽい大きな建物が見えてきたんだ。そこなら案内板でもあるかな、と思って行ってみたのさ」「そうしたら、だよ」
「…黄色い列車がやって来たんだよ」

「…どうされたんですか、マスター」
 首都ヤースの市街地へは何回かしか行った事がないけれども、どれもわたしには聞き覚えのない話だ。
 黄色い列車?私は息を呑んで次の言葉を待った。
「面白そうだから、乗ってみた。すぐに列車は動いたよ」

 …一体マスターは、何処へと出かけられたのだろう??

「皆家路を急いでいるのかな。同じような黒や茶色の外套を着た男性が多かったし、途中で物凄い人が乗り込んできてびっくりしたけど、でも駅間が短いのか、すぐに空いてきて…」
「何故か端末を多くの人が真剣に見ているんだ。こっちのことは見て見ぬふりみたいで助かったけど」
「でもどこまで行くのか正直分からないし、尋ねてボクが誰だか判っちゃったらマズいから、思い切って途中で一度下りてみたんだ」
「そうしたらね…」

 マスターの余りに奇妙な話…実はこれは作り話なのではないかという疑いを持つべきなのか、わたしは悩みながらも話の続きを待った。
「そこは下りる人の割に、食べ物屋さんが何件かあるだけで静かな街だったけど、降りたところにロボットが祀られていたんだよ」
「ロボット…?」

「うん。モーターヘッドみたいだけど、大分違う形の。でも手をこうやって上げてね」 
 突然マントに隠れた右手を夜空に向かって突き上げ、マスターは笑ってこう言った。
「とても格好良い像だったよ!暫く見入ってしまったよ。」
「…どうしてロボットがそこに祀られているんですか?」

 わたしは一体どう尋ねて良いのか判らなくなってしまっていたけれども、何かを聞かずにはいられなかった。
「判らないけど、伝説でもあったのかな?お金やお菓子が供えられていたからボクもそうして、願ってきたよ」
「…ジュノーンがあなたみたいになりますようにって」
「そうしてたらぼくの近くに制服のひとがいたから、思い切って尋ねてみたんだ。ここは何処ですか?って」

「…何処だったんですか?」
 あらゆる場所を想定してもマスターの行かれた所がまるで思いつかず、わたしはその答えを待った。
「カミイグサ、って言ってたかな…ウリクル、そこ知っている?」
「…知りません…」

 わたしはこの時、一体どんな顔をしていたのだろう…。
 しかし、話をしているマスターの表情は、からかい等ではなく真剣で、一切嘘偽りはなさそうだった。それは確かだった。
「…やっぱりね。ボクも帰ってから調べたんだけどそんな地名ないしロボットの事も分からないし。だから笑ってくれたって良いけど、でもボクには本当にあった事なんだよ。おかしいだろう?」
「誰に言ったところで判ってもらえそうもないから、内緒にしてほしいんだ。…一体なんなのだろうね」
 戸惑いのようなため息がこぼれてくるのが私にも伝わってきた。

「マスターは、どうやって帰ってこられたのですか?」
「…ウリクルは、信じてくれるのかい?」
 わたしにも分からないが、とにかく聞いてみない事には理解できないだろう。
 それは口には出さなかったけれども、兎に角マスターの安心のために頷いた。
「聞いたことのない所だったからとりあえずスタート地点に戻るのが賢明だと考えて、来た方面とは逆の列車に乗ろうかと思ったんだよ」
「…でもこれが実際にはとても遅くてね。自分の足の方がよっぽど速そうだったから、荒い砂利道を線に沿って走って帰ったよ」
「途中で2本くらい列車を抜いたよ。多分中の人達には見えてないと思うけど…」

 わたしは思わず息を飲んでしまった。どうしてそんな無茶を…!本当なの?
「…呆れました。危ないじゃないですか!」
「そうかな。一定速度だったみたいだしこちらの方が列車よりずっと速かったけど…」

 何というおかしな旅路だったのだろう。
 ひょっとしたら大怪我していたかもしれない不安とも背中合わせで、わたしは笑いたくても笑えなかったけれども、だけどもマスターが仰っていることは本当にあったことの様な、次第にそんな気がしてきてしまったのだった。
「突き当たった所があの煉瓦色の建物だったから安心して脱出して、また凄い人の流れに沿って歩いていたら、…何時の間にか中央広場に戻っていたよ」
「今日の手紙はその途中で買ったんだ。…ごめん。随分子供っぽい感じで、君らしくないよね。折角のウリクルの願いなのに、そんなのしかなくて…」

 気がついたら、目を逸らしていたのは、マスターの方。
 本当かどうかはわたしには判断できないけども、何だか全てがおとぎ話のような、そんな気分になってしまったわたしは思わず微笑ましい気分になり、マントの中にある右手を探し当てて自分の両手で挟み込んでみた。
「いいえ。マスターのお気持ちが…わたしにお話下さった事と、ジュノーンへのお心遣いも含めて、わたしはとても嬉しいです」
 マスターにはこれが意外な反応だったのだろうか。安堵のため息をひとつすると、晴れやかな笑顔をわたしに向けて下さった。
「良かった、思い切って君に言ってみて。こんなこと誰に話しても、手紙にしたためても信じてくれないよね…」

 マスターは若干の勘違いをされているかも知れないけど…でもそれでも、それでマスターが気分が楽になったのだったら、わたしには最上の喜び。何も記されていない奇妙な柄の便箋だって宝物だ。
 え?その後どうなったかって??
 …それはわたしからはお答えできません。読んで下さった貴方の、ご想像にお任せいたします!

「ーそうそう、ディグを近くに置いてきたんだ。今からそのカミイグサに行ってみないかい?」
「えっ!?い、今からですか!?」
「行けるかどうか分からないけど…、君にもあのロボット、見て欲しいんだよ」
 …果たして、わたし達は、カミイグサという所に辿り着けるんでしょうか…。


おしまい。
 これで展示室にあるへっぽこ作のファイブスター物語の二次創作は
「La Valse.(2012作)」と併せて3本となりました。
 2012年を中心にまとめて数本長編短編R指定のものを含めて色々書いていたのですが封印したものの一部を再公開した形になります。
 実はFSS二次創作として一つ書き残したテーマがあり、そちらをなんとか今年書き上げたいなぁ。と考えています。
(それをどうするかは未定です。ウェブ公開するか配布物限定にするか同人誌にするか現在悩んでいます)
 プロットは随分前に完成していて、かつ最近になって色々キャラクターが私の脳内を勝手に喋りだしたので、2020年中には出来上がって何らかの形でお知らせできたらと思います。


コメント

Premium Flexible Related Post Widget for Blogger – Blogspot