ちょっとぼやきっぽいことをとりとめもなく書いておくことにします。
今月号のトラフィックス、ラストのエピソードに感激された方もきっと多くいらっしゃるだろうという「想像は出来るものの」「自分はそう出来なかった。どちらかといえば落胆した」という感覚は、恐らく私一人ではないとも思いつつきっと少数派なんでしょう。
ネタバレ付き感想は勢いで突っ走って書いてしまいましたけども…。
今回のヨーン・バインツェルとエスト(バーシャ)の物語は、よくよく思えばこの間のクリスティン・Vとダイ・グ・フィルモア5の物語と構図が非常によく似ていて
一瞬ではあるがふたりは確かに愛を確かめ合う。→前者はその愛を胸にしまって次の物語へ。
なんですよね。それがとてもロマンチックに感じられ、感激された方が沢山いらっしゃるのだと思います。(単行本19巻が出ればこれが繰り返されることになります)
なんですけども、私は同時に数年前の現実の出来事を思い出してしまいました…。
それは4年前、2021年のやっぱり6月のことでした。
私は大枚をはたいて(多分今までで一番高いチケット…)ダニエル・バレンボイムのピアノ・リサイタルを聴きに行きました。
彼がすごいピアニストであり音楽家であるのは以前から存じておりましたけども、演奏に興味があるというよりも彼が成し遂げた「バレンボイム・ピアノ」と呼ばれた平行弦のグランドピアノの音色を聴いてみたかったからです。
(これ書くと長くなりますが、現在のグランドピアノは公差弦という形式を採用していますけども、それは19世紀も後半になってからの話。もともとは平行弦という形を取っていました。バレンボイムは現代のピアノにかつての技術を取り入れ自モデルを作らせたのです。FSS的に捉えれば星団暦のブラウニー・ライド設計のカイゼリンのエンジンが超帝国時代のペダンエンジンみたいなものです😂当然ピアノの音響効果は大いに変わってきます。気になる方はこちらを読んでみて下さい。)
ところがバレンボイム、当日のプログラムはベートーヴェンの初期~中期ソナタだったはずなのに、彼が完全に勘違いしてしまい、音楽としても人気の高い「ベートーヴェンの最後の3ピアノソナタ」を演奏してしまったのです。(この3ピアノ・ソナタは他の日でも演奏されているプログラムです)
最初に音楽が終わった時に広がった、動揺の含んだざわめきは個人的に中々忘れられません…。
結局当初予定されたものは全く演奏されず、演奏会の最後に彼が再び舞台に上がって、そのことについてお詫びをいれました。そうしたらホールの観客が総立ちとなり、スタンディング・オベーションとなったのです…。
私はこのとき立ちませんでした。
だって演奏が良かったとしても、それが巨匠バレンボイムだったとしても、「発表されたプログラムと違うものを聴く羽目になった」ことには変わりがないからです。
コンサートとして大変な珍事ですしそれに遭遇したのは面白かったけども、それとこれは別です。彼がステージに出てお詫びすることで、感激するようなことはなかったのですから。
私は今回のヨーンとエストの件もそれと似たようなことだったのかなと思います。
だってずっとエストは3070年代は天照家預かりになるってあちこちで先生書いてたじゃないですか…。でもヨーンとエストは黒騎士じゃないけども、「ミラージュ騎士と戦闘パートナー」として形に収まった。
「でもさぁ、エストって、黒騎士継承を断られた上でパートナーになった場合はシンクロナイズド・フラッターシステムが作動しない別プログラムになるんじゃなかったっけ?ヨーンはダッカス乗るけどこの場合どうするの??」
と突っ込みたくなるのは、私がカチンコチンの頭でっかちだからかも知れませんけども、でも事前予定していたプログラムじゃない!とも言えるのではないかとも思いますです…。
追伸
トラフィックスこれで終わりみたいですけどもどうしても気になることが。
ミューズ・レイバックが「ヒッター男爵子爵=ダグラス・カイエン」の正体を知るという物語はもう描かれないのでしょうか…💥(もう40年も前にカイエン亡くなって、ミューズもいつの間にか法王になっちゃったけど。)
※6/12追記 ヒッターさんの表記間違えてました。子爵ですね。訂正させていただきます。コメントで教えて下さった方ありがとうございます。そしてごめんなさい。
アイシャも、ヨーンの姿に自分を重ねて捉えていたのに、結局天照陛下への思いは「昇進と云う名前を伴った現状維持」で終わっちゃいそうですね…。死ぬまでこき使ってくれそうなのは彼女にとってある意味嬉しいかも知れないけども、「もう叶わない恋に対する生き方」としてはもうちょっと踏み込んだ答えが欲しかった気がしています。
コメント
ミューズがヒッターの正体を知る…というエピソードは少しでも描いてほしいですよね。
正直なところ、この漫画は「その場の思いつき」で描かれていることも多いと思うんですよ(苦笑)
だから「伏線投げっ放しジャーマン」
みたいなパターンが増えてきています(笑)
「シュペルターの秘密」とやらももう描かれないだろうし…
今回のヨーンとエストの涙の場面、正直、俺もサッパリ感動しなかったですわ(笑)
「ケツが痒い」
と思ってしまいました(笑)
こう言っちゃ失礼ですが、永野センセ、学生時代に大した恋愛体験もなかったのではないですかね…。
馬鹿にしているわけではなく、自分の趣味や特技を伸ばそうとしている人には、恋愛する時間なんてなくなると思いますので。
長文失礼いたしました。これからも貴方様のブログを楽しみにしております。
どうもこんにちは。コメントありがとうございます!間違って書いてました!!今から直します、ごめんなさい(_ _;)
※もうひとつすみません他皆様ののコメントすっ飛ばしてますが必ずお返事しますのでちょっとお待ち下さい…
本当にすみません、ご指摘ありがとうございます。
いつも楽しみにブログを拝見しております。
ヒッターの爵位について書かせて頂いた者です。
設定変更に絡めて改変と書いて、チーク様に笑い飛ばして頂けたらなとの
思いから投稿したのですが、お忙しい中丁寧なお返事まで頂き、
かえって余計なことをしてしまったかなと恐縮しております。(汗)
チーク様の最近のブログが、設定変更等により、お辛そうに見えましたので。
当方、カイエンファンの50のおっさんなのですが、度重なる設定変更にはもう
慣れてしまった感があり、毎月連載があることを楽しんでおります。
お忙しいと思いますが、風邪など召されませぬよう、どうかご自愛ください。
チーク様が描かれたカイエンの画、とても味わい深く素敵ですね。
どうもこんにちは。コメントどうもありがとうございます。この項目何故か全くの匿名の方からのコメントが並んでしまったので、判別をつけるため変な名前でのお返事ですみません。
※もし差し支えなければ次回以降ハンドルネームをおつけいただければ幸いです。
「投げっぱなしジャーマン」の意味が分からなくて調べてしまいましたがプロレス技なんですね。いや、単行本19巻が出て、連載時と中身が変わってなかったら書こうかなと思っていた話題のひとつでもありました。
なにかの謎を秘めた伏線。それが物語で掲示されればきっとどこかで回収されるだろう…と思うのが普通だと思うのですけども、ひょっとするとFSSにおけるいくつかの話題についてはもう既に伏線放棄されてますよね?と思うところがこの頃多いのは確かです。
(幾つもあるので個々の話題は避けますが、”いつかどこかで拾われるだろう”という長期スパンではなくて、「あれは一体どうしたんですか?」触れられると恐らく困っちゃう類のものです)
ただ、このあと違う匿名の方が私よりも先にコメントされていますけども、シュペルター(デムザンバラ)の話題についてはこのあとのペイジ解放戦で何かしら描かれそうな感じはしています。
ここでぶっちゃけた話をしてしまえば、デムザンバラについては大阪のトークイベントのときにまだデザイン等完成していなかったのか「あと半年待ってくれ」と先生話されていましたから(^_^;)きっと出てくるものと思いますし、その時に何かしら語られるのかも知れませんね。
永野先生のお若い頃については私も多くを知るわけではありませんけども、1981年のガンダム「アニメ新世紀宣言」でシャア・アズナブルの格好をして同じくララァ・スンのコスプレをしていた川村万梨阿さんと一緒に声明文を読み上げていますが、それ以前からもうお二人はお付き合いされていたようです。
その時は永野先生大学生だったのかな?川村万梨阿さんは東映の研究生だったそうです。
youtubeにはありませんでしたが、SNSのXで「新世紀アニメ宣言」と検索すると、昔のテレビ映像としてお若い永野先生たちが声明文を読み上げているものが出てきますので良かったら観てみて下さい。
https://twitter.com/masahitoSPV/status/1371084474549604355
私に代わってどうもありがとうございました。
天照がアウクソーに伝えた言葉は何で、それを言ってしまうとアウクソーはどうなってしまうのか?も含めてとても気になるところですよね。
ただ次号では11巻を手に、とありましたけども既に幾つか当時と違っていそうなところがありますよね。
私はマキシが、現在もエキセントリックというか変貌しちゃうと止めるの大変そうに描かれていますけども、「11巻冒頭のように母ミースやアウクソーを蔑ろにはしていない」とも思うのでそのあたりをどう整合させるのかが気になるところです。
どうもこんばんは。先程は間違いを教えてくださり大変ありがとうございました。
このブログ日本語も不自由気味ですから(^_^;)誤字脱字は多めになってしまい後でこっそり直すのはしょっちゅうですけども、ただ固有名詞だけは間違えないように気をつけているはずなのに…!!!(FSS固有の名前や称号等多いですからね…)いやコメントを読んでいて確認し、本当に慌てました。ですのでとても助かりました。こうして再びコメント頂けることもありがたい限りです。
私はフェレンツ・リッターさんとそう変わらない歳ではありますけども…慣れませんねぇ設定変更。いや、兵器デザインの場合は私はそれほどでもなかったのですけども。(登場人物が変わらないのならば良いと思っていたフシもあります。)そのあたりはおひとりおひとり反応が違うかと思います。
着地点が同じならばその過程はなんでもいいでしょう。というドラえもんの理論でいきたいのですけども、どうも完全にはそうなれないのが私の悲しさなのかも知れません。ただ、ひとりで悶々としているよりはこうして文章化することで、幾ばくか心の整理にもなりますし、皆様からのご意見やお声を聞く機会も得られて自分は幸せなFSSファンであるとも思っております。
ご心配をおかけしてすみませんでした。いや、本当は「いやー面白かった、来月も楽しみ!」だけで締めたいのですけども、期待も不安も沢山、気になることが多すぎる作品なのかも知れません。
実はまだ風邪は完治しておらず、ネタバレ付き感想を書いてからはオーバーヒート気味でした(^_^;)ようやくもとに戻りつつあるところです。どうぞフェレンツ・リッターさんもくれぐれもお気をつけ下さい(今回は鼻が酷い…。)
カイエンの絵についてもご感想ありがとうございました。アウクソーのこともあって、彼にはそろそろ再登場していただきたいのですけども・・・彼女「ずっと一緒です」と言ってたじゃないですか。彼の本心はどこにあるか、優しさから彼女を生かしたのかも知れませんが、聞けるのならば尋ねてみたい気持ちも一方であるのも確かです。
そしてATのスーツケース開けるシーンでの彼の動揺というか、心の動きが個人的に好きなので、ああいったイメージになりました。
コンビニでの取り置きサービスがなくなるのはショックですね.私の家の近くのコンビニでは先月からNT誌を入れなくなってしまいました.
私は定期購読しているのですが,やっぱり多くの人の目に触れてほしいです.
さて,トラフィックス最終話はあまり楽しめなかったのですね.ここ数年の物語としては綺麗に繋がって終わったと思うのですが,昔の設定や物語との整合はギリギリ,人によってはアウトで楽しめないかも,と思いました.
私としてはちゃんとパルスエット(本人がいないので言い間違いを指摘する人がいなくなってしまいましたね)への言及がちゃんとあったので,気になるところはあるけれど,全てを許せる,といったところです.
自分のパートナーに母性を求めるのは多かれ少なかれ,男性はみんな持っている気持ちだと思いますよ.認めるのは気恥ずかしいし,某赤い人のように口にするのはキモいことではありますが.
今回は,ヨーンくんが(擬似)エディプスコンプレックス全開で,しかもそれをある意味成就させちゃっているので,女性にとっては理解し難いか,気持ち悪く感じる人がいるかもしれません.
さて,最近の展開と予告されていることは,D7記載事項とは流石に整合性が取れているように見えますが,D4記載事項とはだいぶずれてきましたね.
どこかで辻褄合わせをするのか気になってはいます.
個人的にはそれよりも,物語を先に進める方に注力してほしいです.
どうもこんにちは。いつもありがとうございます。
SNSでご感想読んでいたので存じておりましたけども、こちらでもありがとうございます。
青いレーサーB面さんに限らずSNSの中でお見かけしたのは大体肯定的な感想だったように思いますから、私のなど少数も少数のひねくれたものですよ(^_^;)
そしてネタバレ付き感想で書いていた母的なものについてもありがとうございます。いえエディプス・コンプレックスもこれまた分からなくて調べたのですけども、例えば私にとって父は敬意を払うべき人物であってもそれ以上のことを求めたような経験が全くなければ、家族の母も(親子関係自体は別に不仲でないと思いますが)そういった要素は全然なさそうなので…。
あと、ヨーンって父母どんなだったか全然描かれてなかったので(^_^;)気味が悪いというよりも、へーそうなんだ?ふーん…位の感覚ですね。(でも人にそれを伝えるような台詞になっちゃうとやっぱり気味が悪いかな)
いきなり騎士の力が出てご家族としては戸惑われたのでひとりグレた?みたいなところに、自分の生き方を導いてくれるような存在のバーシャが現れたのかも知れないのですけどもね(そんな感じのセリフが彼女を拾ったときにありますけども)
今後の展開については、今まで同様「先生が手掛けたいように手掛ければベスト」ではないかと思っています。
例えばFSSの物語完結を望むのならばそちらに、なんですが実際の所どう思っていらっしゃるのか、御本人以外ではごく僅かな方しか知らないのではないでしょうか…。
コメントへのご返事ありがとうございます.
ええと,ヨーンがエディプスコンプレックス全開と書いたのは,実のご両親との関係ではなく,デコースを父親,エストを母親と見立てての話です.
また,関連して,大人になる時の通過儀礼としての喪失,父殺しは古典的な物語の形として,いろんな作品で手を替え品を替え(倒すのが実の父親ではなくて師匠や先輩,目標としていた人だったりするバリエーションがあります)語られてきていますけど,トラフィックスもそういった形を継承する物語の一つとして見ることができますね.
(喪失はパルスエットを失ったこと,父殺しはデコースを倒したこと)
さて,次はベイジ開放戦ですね.
3075年だった気がしますけど,今回のヨーンの出撃が3074年だったのは,大規模作戦なので,1年ぐらいかかるということでしょうか.
渋谷のトークショーで先生が不穏なこと(チークさんが大阪で聞いたことと同じかはわかりません)をおっしゃっていたので,ドキドキしながら待ちます.
それでも生きてる間に作者による公式顛末を読めてしあわせ
物わかりの悪い者にご説明、度々ありがとうございます。でもやっぱりよくわからない、といいますか(ヨーンにとって)デコースに倒すべき父親像みたいなのを見いだせずにおります、ごめんなさい。
恐らく私でなければもっと共感していただけたのかも知れませんが…。
その辺りはやはり物語の解釈が人それぞれであるということなのではないかと思います。
物語の解釈といえば先日「ミッション・インポッシブルファイナルレコニング」を観てきたのですが、このシリーズは29年かかって8作品あります。
私は2と前作しか観ていなかったにも関わらず家族ともどもとても楽しめたのですが(ツッコミどころは結構ありますがそれを帳消しできる感じのど迫力と流れでした)映画の感想を読んでいると、熱心にご覧になられている方の中にはブーイングだった方もいらっしゃるようでした。
やはり長いシリーズものは特に「同じ物語を観ていても視聴者のそれまでの作品から受け取った”持ちもの”、加えて”個々の感じ方”によって受ける印象が全く異なる。」
「例えトム・クルーズがこの映画に全力を投球していることは100%に近い確率で多くの観客に理解できたもらえたとしても作品評価はまた別」という側面がどうしても生じてしまうのは仕方がないのかも知れないな、と思いました。
ですので私は今後もあくまで自分の思うことを書いていきますがとても小さなフィールドでの話ですし、他で違うご意見を目にしたとしても全く気にされることなく、青いレーサーB面さんの思ったことを貫いていただきたいなと感じております。
追伸
年表が3074になっているのは…まぁ年表関係ズレまくってますしね(^_^;)と書いてはいけないか。
私が勝手に思うだけですがペイジ解放戦のあと更にカーマントー解放戦(マグダル救出)、更にボスやんとの最終決戦が控えているから、だからそちらが3075でいくのではないかと思いますね…。
どうもこんばんは。コメントどうもありがとうございます。
恐らく「それはとても良かったですね。」様同様に、「とにかく◯◯作品の結末を見届けたい」と思われている方が多数いらっしゃることは承知しております。
私の場合は作品による…といったところでしょうか。
一度他の作品で「多数の伏線や予定してただろう幾多の冒険を放置した状態で主人公のラストシーンだけが描かれ、作品完結となってしまい、でもフィナーレとなったことで多くの称賛を得て手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞した作品」のファンでしたけども、あの最終巻を読んで大変がっかりして、それまで夢中になっていたものが白けてしまいファンであることをすっぱり止めました。
私はその作品について(大人の事情かも知れないけどもあんな展開あり得ない)と思っていますけども、それでも完結を迎えた作品は称賛され大きな賞まで取られているのだから、どんな形であれ結末が読めるということの喜びは大いにあって、実際のところはそれが正解なのかもしれません。
やはり物語が評価されるには”結末が読める”ということなのでしょうから、ヨーンの件も、エストが最終的にパートナーになったことには色々な感想があるかと思いますけども、それでも気になっていたお話の区切りが読めて、それ自体が幸せと思われたのはある意味当然なのかも知れません。
物語の最終回について、FSSはどうされるんでしょう…と思うことはありますが、永野先生が満足されたときが最終回なのか、それともフォーチュンまで年表全部書く覚悟で作業をされているのかは私にはわかりません。
今回のヨーンの件、私個人は「Joker3100で掲示されていたヨーンとパルスエットと思われるミラージュのイラスト」「あるいは3070年代のエストが天照家にいることを示唆した数々の説明」を覆してまですることだったのか?とは思っていますけども、それはヨーンの人生が終わる時期が来ないとそれが良かったのかどうかは分からないとも感じています。
3159年か、それまでにエストはレーダー9のところに行くのは既定路線となっているので(映画ラスト)まだ彼の顛末は終わっていないとも言えるのかも知れません。
このコメントには、ちょっと賛同。
川村万梨阿さんって、ゆうきまさみ作の究極超人あ〜るのある登場人物のモデルとなっており、アニメ作品やドラマCDでは声もやられてる。経緯はゆうきまさみさん達のサークル活動をしていた喫茶店に入り浸ってたから。このサークル周辺は結構有名どころの人たちが集っていてらしく。当然ながらそのサークル関係者に我らが永野護氏は含まれていない。
責任の伴わない身分とされる学生時代までの恋愛(幼稚園・保育園の初恋から狭い閉じられて世界での色恋沙汰も含む。)って、その後の人生経験にそこそこの糧となるもので、それを社会人になってから補おうとするとかなりの努力が必要で、現代社会で拗らせてる輩が多いのものそのせいだと思います。
ってな、勝手な憶測から、アニメ新世代宣言の時は、穏やかな交際だったのではないでしょうか(年齢、世代毎に経験すべき恋愛イベントがあると思っている派です。)。
そういえば、どまんなかアニメ映画祭でアニメ新世代宣言の仕掛け人の方とお話しできてちょっとうれしかったです。
ある意味、年表どおり、設定どおりお話が淡々と進んでいたら面白いかどうか。ただ、年表は読者との約束事だと思うのです。クリエーターとしては風呂敷は畳むより、広げたいのでしょうね。
7月号の連載は単話では御涙頂戴のいいお話でした。単行本で読むと長い物語の一部としてはまた違うのでしょうね。
”ね”
どうもこんばんは。コメントいつもありがとうございます。
うーん、私は(先生のことに限らず)恋愛経験云々に関しては正直な所よくわかりません。ねこい様のコメントにあるような感じでは生きてこなかったからかもですが(^_^;)ゴメンナサイ。(ただ実際体験だけでラブロマンスが語られるわけでもないかなぁ…とも思いますが)
クリエイターは次から次へと描きたいものが湧いてくる、あるいは(やっぱり変えたい!)と思うようなことはあるのかも知れません。これも自分にはよく分かりませんが(物語の作り手ではないから)取り入れるタイミングなどは難しいのかもしれませんね。
こう言っては何ですが、魔導大戦の次の話「星のない世界」の方が現在の所先生の関心が高そうだな…と思うことはあります。
コメントどうもありがとうございます。
頂いた文面を読んでいて思ったのですが、「影響力が全くあるわけではない自分にもこのようなお言葉を残して頂けるとは、永野先生のファンの方はお優しいのですね…」といった感じを覚えました。
実は今回のこと、単体ではそれほど怒っているわけではありません。(パルスエットの運命を変えておいてそれなの?というのはあるかもですが)
もっと眉の形を変えるようなことはあるのですけども、それはまだブログに書いておりません。そのうち書くかもですが…。(それは3巻の件でもありません。)
そういう意味ではこの頃、私の中で何かが積もってしまっているのかも知れませんが、その点お許し願いたいと思います。お優しい方さんには「ブログを読まない」という選択肢もありますから。
何より、天照陛下(あるいは永野先生)にとってはただの読者がひとり怒っていたって全然気にも留めないことでしょうしね!