星降りの夜(1)

その1 2960年


「マスター、、マスター。どこにいるんですか?」
7月のある真夜中の事だった。
廊下を、屋敷のあらゆる部屋を覗き込んでもいつもの姿はなく、ついには2階のバルコニーへ出て、トーンを押えつつ声を上げてみる。
明日の出立は早いというのに、彼女の主人はどこへ行ってしまったのだろうか・・・

「ここにいるよ、ウリクル。」
広い庭のさらに向こう、外灯のない、植え込みの奥で、聞き覚えはあるが遠い遠い声が彼女の耳に飛び込んできたのだった。
ウリクルはその声に一体何があったのかと不安も覚えもしたが、とりあえず彼の居場所が分かりそうな事に胸を撫で下ろし、・・・多少行儀が悪いと思いつつ、バルコニーから階下の庭へ飛び立ち、バネのように着地と跳躍を繰り返し、そのまま声のするほうへ歩み寄っていく。
「マスター、そこにいるのですか。明日は早い出発なのですから、もう今日はお休みにならないと・・・」
ウリクルが植え込みの上から周囲を覗き込むと、彼女の主人は、あまり手入れをされていない芝の上で、彼自身もあまりに無防備な様で横たわり、腕を頭に回して天上の空を一心に眺めているのだった。
ウリクルの声に、彼は一度思い切りよく全身を伸ばしてから、背後の彼女に顔と瞳だけを逆さまに向けて、のんびりとした笑顔でこう応えた。
「やあ・・・ウリクル。迎えに来てくれたの?」

・・・彼の名前はコーラス3世に「なる筈の人」なのだけども、今の彼だけを見ていると、とてもではないが、授業を抜け出して時間つぶしをしている学生にしか見えなかったのだった。

この記事をシェアする

0 件のコメント :

コメントを投稿