ささやかな最大権力(10)

─僕がウリクルに抱きしめられている。
思いがけないとしか言い様のない事態をどう処理して良いのかまごつきそうになりながらも、コーラスは次の言葉を待つことにした。
軽く瞳を閉じて、血の通った温かさを感じ取りながら。

「・・・本当にごめんなさい。私、誰にも見つからないように、もしも誰かがやってきたら、ここからどうやって逃げようか、そればかり考えていました・・・」
ようやくウリクルが口を開いてくれたのを、嬉しく思いながらコーラスは顔を上げた。
そして彼も、何故今日のウリクルが戸惑いを見せてばかりなのか、今更ながら思い知ったのだった。
さっきより近くに見える彼女の頬には涙の跡があったけれど、もう泣いてはいない様だ。それには少しだけ安堵感を覚えもしたけれど。
「僕の方こそ、ごめんよ。気がつかなかった。」
コーラスはウリクルが楽なようにと左腕で重みを支えるようにしながら、顔は動かさずに彼女に優しく話しかけた。
「そうだよね。ただでさえ、僕たちには"内緒の事"が多いのにね。君には昼間にこうすることに馴染みがなかったのかも・・・恐かった?」
ウリクルが頷くのを目の当たりにして、コーラスは改めて、別の意味で何かに憤りを覚えざるを得なかった。
ファティマは陽射しの下を歩けない、なんて一体誰が言い出したんだ。
それと今の自分達とは違う要素も交じり合っているのかも知れないけれど、それについてはどっちだって良い。彼はとにかくウリクルを怯えさせてしまった事には深く反省しなければ、と強く感じていた。
ほんの些細な望みだったはずなのに、こんな事になってしまうなんて。
しかしそのやり場のない筈だった思いは、ウリクルのひとことで何処かへと飛ばされてしまったのだった。
「でもマスター、私も、・・・私だってマスターにはやくお逢いしたかった。」
その上ずった声が、そしてそれを発するウリクルが急に眩しく感じられ、今度は彼の方から目を逸らしてしまうのだった・・・

「ウリクル。僕が嘘つきだということ、・・・また秘密が一つ増えてしまったね。喋らないでくれるよね。」
「ええ勿論。絶対話しません、マスター。」
彼女の柔らかい微笑を、ここに来てようやくコーラスはしっかりと目に焼き付ける事が出来たのだった。
ようやく、やっと、笑ってくれたね。
心がほぐれていくのを感じ取りながら、コーラスはウリクルの腕にもたれていた背筋を少しだけ伸ばした。
二人の距離が更に近づいていく。
「そして誓うよ。君にだけは、嘘をつかないようにする。」
「・・・マスター。」
ウリクルは言葉に詰まる一方で、瞳が潤んでいくのを止められずにいた。
それでも精一杯、頷いてみせたのを確かめてから、コーラスはそっと、更に安心させるようにウリクルにささやいた。
「・・・いつもと向きが逆だけど。」
そしてそのまま、ふたりは眼を閉じて、何度となく唇を重ね合わせるのだった。


いつしかぼんやりと視界を蘇らせたウリクルは、コーラスの小さな呟きを耳にした。
「つづきは、また後でね。」
いきなり容赦ない一言に見舞われて顔を真っ赤にさせたものの、やがてはにかむように笑って、コーラスを起こすようにしてから彼に寄り添うように腕を背中に回し、また瞳を閉じるのだった。
"誰かが見ているかも"
"誰かに探られているかも"
いつも気にしているふたりが、でもそんな事がどうにでも良くなってしまうような、日の名残りだった。


この記事をシェアする

0 件のコメント :

コメントを投稿